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東京地方裁判所 平成9年(ワ)6805号 判決 1998年4月15日

原告

朝銀埼玉信用組合

右代表者理事

衛耕

右訴訟代理人弁護士

小室貴司

被告

有限会社エムズ

右代表者代表取締役

文野誠明

右訴訟代理人弁護士

太田耕造

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、原告に対し、金一五〇〇万円を支払え。

第二  事実及び争点

一  事案の概要

本件は、原告が被告に対し、抵当権に基づく物上代位に基づき、又は、不法行為による損害賠償請求権に基づき金一五〇〇万円の支払を求めた事案である。

二  前提事実

1  原告は、末尾物件目録記載の建物について、平成五年七月一六日設定、同年八月一二日設定登記、同年一二月二七日、債務者及び極度額変更、同日右各変更登記、極度額=一億三〇〇〇万円、債権の範囲=信用組合取引・手形債権・小切手債権、債務者=東京都足立区西新井六丁目四〇番五号李愛珍、根抵当権者=原告なる根抵当権を有していた(甲一、乙イ二、弁論の全趣旨)。

2  被告は、李及び株式会社三和工務店から、平成六年三月一五日、本件建物の上下水道設置工事、電気工事、内装工事を代金二九三〇万円で請け負い、同日代金の頭金二〇〇万円を受け取った。被告は、平成八年二月、右工事を完成させた(乙ロ一、弁論の全趣旨)。

3  本件建物について、株式会社セントラルクレジット(当時の商号は株式会社セントラルリース)に対する平成六年一〇月一七日付売買を原因とする同月一八日付所有権移転登記がなされている。

4  被告と李及び三和工務店は、右工事完成に先立つ中間金の支払時期のころ、李及び三和工務店の被告に対する2の工事代金残金二七三〇万円の弁済について、被告が自ら右建物をアパートとして賃貸し、その賃料収入をもって前記工事代金に充当することを合意した(乙ロ二、弁論の全趣旨)。

5  被告は、工事完成後、4の合意に基づき、自ら本件建物の賃貸人となって賃借人を募集し、一〇人の賃借人に対し、本件建物の各室を賃料一か月六万三〇〇〇円で賃貸した(乙ロ二、弁論の全趣旨)。

6  原告は、平成九年四月一日現在、李に対して、以下の債権を有していた(弁論の全趣旨)。

(一) 元金合計一億一〇五〇万円

(1) 平成五年一二月二七日付金銭消費貸借に基づく貸金八二五〇万円

(2) 平成五年一二月二七日付金銭消費貸借に基づく貸金二八〇〇万円

(二) 損害金

合計五四六四万二二五〇円

(1) (一)(1)の八二五〇万円に対する平成六年六月八日から平成九年二月二〇日まで年18.25パーセントの割合(三六五日の日割計算)による遅延損害金四〇七九万六二五〇円

(2) (一)(2)の二八〇〇万円に対する平成六年六月八日から平成九年二月二〇日まで年18.25パーセントの割合(三六五日の日割計算)による遅延損害金一三八四万六〇〇〇円

7  原告は、6の債権のうち一五〇〇万円を請求債権として、抵当権に基づく物上代位に基づき、右一五〇〇万円の債権を借家人である第三債務者一〇人に対し均等に振り分け、各々一五〇万円を限度として、各借家人に対する賃料債権を差し押さえる債権差押え命令を申し立て(当庁平成九年ナ第一九〇号)、同裁判所は右債権差押え命令を発し、右命令は、遅くとも、平成九年三月二一日までには、第三債務者全員に送達された(当事者間に争いがない)。

8  各第三債務者は、執行裁判所に対し、各第三債務者が一か月金六万三〇〇〇円の賃料を支払っていることは認めたが、本件建物の賃貸人は、当時本件建物を所有していたセントラルクレジットではなく、被告であることを理由に、その支払の意思のないことを回答した。

このため、原告の債権差押えは効を奏しなかった(当事者間に争いがない)。

三  争点

1  本件賃料は原告が根抵当権によって把握していた交換価値の具体化したものと言えるか。

【被告の主張】

原告が、根抵当権を取得した当時、本件建物は、上下水道、電気の設備がなく、内装工事もなされていなかったから、到底第三者に賃貸して収益を挙げることができる建物ではなかった。被告が各工事を完成させたことにより、初めて第三者に賃貸して収益を挙げることができるようになったものである。

したがって、本件賃料は、原告が根抵当権取得当時把握していた交換価値が具体化したものではなく、根抵当権の効力は及ばないものというべきであるから、原告は、右賃料に物上代位することはできない。

【原告の主張】

争う。

2  被告に対する物上代位権の行使に基づく請求の当否

【原告の主張】

本件において、賃貸人は建物の所有者でない被告である。したがって、物上代位によって、賃料債権を差し押さえることができない。

しかし、被告は、形式上は、第三者の立場にあるものの、以下の理由によって、その実質は悪意ある第三者として所有者と同視すべき地位、立場にあるものである。したがって、被告は、所有者と同様に、原告の物上代位権の行使を拒むことができず、原告から、取得した賃料の返還を求められたときはこれを拒むことはできないものである。

(一) 被告は既に発生した請負代金債権のため留置すると主張するが、留置権には物の収益権限がないから、被告の賃貸権限の根拠とはならない。

(二) 被告は、所有者であるセントラルクレジットの了解を得て賃貸権限を取得したものではない。

(三) 所有者による権限の付与のない賃貸権限は無権限であり、独自の保護されるべき立場にない。

(四) 被告は、何らの対価の支払もなく、ただ従前から有する債権の弁済を受けるために賃貸権限を有しているのであるから、保護されるべき独自の利益もない。

(五) 被告に対する物上代位権の行使ができないのであれば、所有者が家族や自ら経営する管理会社等の名義で賃貸する形式をとることにより、容易に物上代位権の行使を妨げることが可能になって不当である。

【被告の主張】

原告の主張は争う。前提事実4、5のとおり、被告は、李らに対する工事代金債権回収のため同人らから賃貸権限を付与されたのであり、独自の保護されるべき利益を有する。

3  不法行為による損害賠償請求の成否

(一) 被告に本件建物の賃料を取得する権限があるか。

【被告の主張】

被告に権限があることは、前提事実4、5のとおりである。

また、被告は、李らに対して、本件建物を引き渡していないから、民法五七五条の準用によって、賃料収取権を有する。

【原告の主張】

被告が、本件建物を、李らに引き渡していないことは否認する。

仮に、引き渡していないとしても、民法五七五条は被告と李らの間の権利関係を定めるものに過ぎず、物上代位権者に対する関係は別個である。

(二) セントラルクレジットとの共謀の有無

【原告の主張】

被告は、原告建物の所有者であるセントラルクレジットと共謀の上、物上代位による差押えを免れるため、自己の名義で借家人との間の賃貸借契約を締結することにより、原告の担保権又は被担保債権を侵害した。

【被告の主張】

右事実は否認する。そもそも、被告の賃料取得は不法行為にならないのであるから、セントラルクレジットとの共謀の有無は問題にならない。

第三  理由

一  争点1について

被告の工事によって本件建物に施された上下水道、電気設備及び内装は、いずれも本件建物と付加して一体を成したもの(民法三七〇条本文)と認められる。

また、原告が根抵当権を取得した当時、本件建物は、建物として躯体・構体は完成していたものであり、原告が、根抵当権の設定を受けることによって、右躯体・構体としての建物の交換価値を把握したことは明らかである。被告は、右躯体・構体としての建物に前記各工事を施したものを賃貸し賃料を取得しているのであるが、被告の主張のとおり、原告が、根抵当権取得当時把握していた範囲においてのみ物上代位ができると解したとしても、本件建物の賃料のうちどの部分が原告が当初把握していたものであるかを特定することができない。

のみならず、被告の工事代金債権には、不動産工事の先取特権(民法三二七条)が成立する余地がある。民法三三八条、三三九条は不動産工事の先取特権の抵当権に対する優先効を定めているが、右のような規定が存在するのは、不動産の工事が施された後の物件について、従前から存する抵当権の効力が及ぶことが前提にあり、両者の権利の調整を図る必要があることによるものと認められる。

以上によれば、原告の根抵当権は、被告が工事を施したことによって価値が増加した建物全体にその効力が及び、その状態の建物の賃料に対して物上代位することは可能であると解する。

二  争点2について

1  原告の主張(一)について

被告は留置権を主張するものではないから、同(一)は理由はない。

2  同(二)ないし(四)について

乙イ一、三ないし七及び弁論の全趣旨によれば、前提事実3のセントラルクレジットに対する売買を原因とする所有権移転登記は、実質的には譲渡担保の趣旨で行われたこと、同社は李に対し平成九年三月二五日李に対する債権を放棄する意思表示をしたことが認められる。したがって、右「売買」の日である平成六年一〇月一七日以降も、李が本件建物の実質的は所有者であったことが認められる。

そうすると、李には、前提事実4、5のように、被告に対して、本件建物を賃貸する権限を設定する権限があったものと認められ、被告が李及び三和工務店から前提事実4、5のように、本件建物を賃貸する権限の設定を受けたときは、被告は、以後適法に右建物を自己の名で賃貸することができると認められる。また、前提事実4、5の経過によれば、被告には、右権限の設定を受けることについては工事代金債権の回収という固有かつ適法な利益があったものと認められる。

したがって、原告の主張(二)ないし(四)は理由がない。

3  以上によれば、原告の主張の冒頭部分は、その前提事実が欠けているから、主張自体の当否について判断するまでもなく、採用できない。

4  抵当権に基づく賃料債権に対する物上代位と賃貸権限の設定の優劣

(一) 所有者から第三者に対して賃貸権限の設定がなされた場合の、抵当権者による賃料債権に対する物上代位による差押えの可否

本件のように、賃貸権限の設定という形式がとられた場合は、既存の賃貸借契約から発生した賃貸人の地位や賃料債権が譲渡された場合と異なり、債務者(所有者)が賃貸人であったことは一度もないのであるから、その場合の賃料が民法三七二条、三〇四条一項本文の「目的物の……賃貸に因りて債務者が受くべき金銭」に該当するのかが問題となる。

「債務者が受くべき金銭」を文理にしたがってのみ解すると、賃料債権の譲渡がなされた場合は、譲渡の時点以降は賃料は債務者が受領すべき金員ではなくなるから、譲渡時以降はおよそ物上代位は不可能になる。しかし、そのような解釈は一般には採用されていない。したがって、この問題は、文理のみの問題として考えることはできない。

賃料債権は賃貸人の地位から発生し、賃貸人の地位は物の所有権に伴うものであるから、民法三七二条、三〇四条一項本文の「債務者が受くべき金銭」とは、原則的に物の所有権に伴って債務者(所有者)に発生する地位に基づいて収取される金銭であれば足り、そのような金銭であれば、例外的に現実には右地位が債務者(所有者)以外の者に属していた場合にも、なお、「債務者が受くべき金銭」であるということができると解する。

したがって、本件のように、賃貸権限の設定という形式がとられた場合であっても、賃料債権の譲渡や賃貸人の地位の譲渡の場合と同様に、その場合の賃料が民法三七二条、三〇四条一項本文の「債務者が受くべき金銭」に該当し、物上代位が可能であると解される。

(二) 賃貸権限の設定と抵当権に基づく賃料債権に対する物上代位の優劣

包括的賃料債権の譲渡と物上代位の優劣関係に関して、最判平成一〇年一月二〇日は、抵当権者は、賃料債権の譲渡があった後においても、自ら目的物件を差し押さえて物上代位権を行使することができるとする。

包括的賃料債権の譲渡がなされる場合の殆どは、譲受人は債務者(所有者)に対する債権者であり、右債権譲渡は代物弁済を原因関係としてなされるものである。そうすると、本件の被告に対する賃貸権限の設定も代物弁済を原因関係として行われたものであるといってよいから、債権譲渡の場合と利益衡量上の差異はない。また、被告の請負代金債権は、本件建物の価値増加に関連して発生したもので、公益的要素を有する。しかし、右債権を担保するには不動産工事の先取特権によることが可能であるから、被告の請負代金債権を、その公益的要素ゆえに、抵当権に基づく物上代位との関係で特に保護する必要もない。

そうすると、本件の場合も、前掲判例とその利益衡量上の差異は見出せないから、前掲判例と同様に物上代位が優先するものと解する。

(三) 物上代位が優先する場合、抵当権者は、賃貸権限の設定を受けた者に対して、同人が受領した賃料相当の金員の支払を求めることができるか。

(1) 物上代位による差押え前に受領した賃料

原告は、被告に対して、被告が前提事実7記載の差押えの前に既に借家人から受け取った家賃を、不当利得として、原告に対して返還するよう請求することはできない。

なぜなら、抵当権は、本来、目的物件の占有を債務者(所有者)のもとに止め、抵当権の実行があるまでは、債務者(所有者)がその使用・収益をすることを認容するのを本質とするものであり、また、民法三七二条、三〇四条一項但書は、抵当権者は、債務者(所有者)が受けるべき賃料等の金銭等について物上代位権を行使するには、払渡又は引渡前に差押えをすることが必要であるとするから、抵当権者は物上代位による差押えの前に弁済された(これが「払渡」に当たることは明らかである)賃料には物上代位権を行使することはできないはずであり、それを不当利得として債務者(所有者)から返還を求めうるとするのは、背理であり、前記の抵当権の本質に反するからである。

(2) 物上代位による差押え後に受領した賃料

これについては、賃貸人の賃料の受領は、抵当権者に対抗できず、抵当権者との関係では法律上の原因を欠くから、抵当権者は、賃貸人に対して、不当利得として右金員の返還を求めうる。

しかし、本件においては、前提事実8のように、第三債務者である各借家人が、執行裁判所に対し、本件建物の賃貸人は被告であることを理由に、その支払の意思のないことを回答したことは認められるが、被告が、差押え後も賃料を受領している事実については何らの主張・立証もない。かえって、乙ロ二によれば、被告は、差押え後は賃料を取得していないのではないかと窺われる。

5  以上によれば、本訴請求のうち物上代位を理由とするものは理由がない。

三  争点3について

1  争点3(一)について

前記二2に説示したように、被告には、適法に右建物を自己の名で賃貸する権限があり、本件建物の賃料を収取する権限があるものと認められる。

そして、前提事実4、5の経過によれば、被告には、右権限の設定を受けることについては工事代金債権の回収という固有かつ適法は利益があり、かつ、その態様も、李側から賃貸権限の設定による工事代金債権の回収の話を持ちかけられて、被告がそれに同意したのであるから、被告に、自由競争を逸脱するような目的・行動があったとは認められない。

2  代物弁済的な賃貸権限の設定と物上代位の優先関係について

二4(三)(1)に説示したように、被告が物上代位による差押え前に弁済を受けた賃料については、本来原告に対して返還を要しないものであり、三1に説示したように、被告に自由競争を逸脱するような目的・行為も見られないのであるから、賃貸権限の設定を受けることや右賃料の弁済を受けることは何らの不法行為を形成しない。

また、二4(三)(1)に説示したように、被告が物上代位による差押え後に賃料を取得している事実はこれを認めるに足りる証拠がない。

さらに、物上代位による差押えの時点で未だ弁済のない賃料(弁済期限未到来のものも含む)についは、物上代位が優先し、原告は、第三債務者から直接これを取り立てることができるのであるから、被告が賃貸権限の設定を受けてこれを自己の名で賃貸した結果、第三債務者らが前提事実8のような回答をすることになったことによっては、原告には何らの損害も発生しておらず、不法行為は成立しない。

3  そうすると、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求のうち不法行為による損害賠償請求は理由がない。

四  以上によれば、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却する。

(裁判官永井秀明)

別紙物件目録<省略>

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